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登録商標「サクラホテル」に類似する標章の使用差止め、損害賠償を命じた東京地方裁判所判決について

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東京地方裁判所民事第47部(田中孝一裁判長)は、令和2年2月20日、登録商標「サクラホテル」との類似を認めたうえで、「SAKURA HOTEL」や「Sakura Hotel」等の被告標章の使用差止め、並びに、損害賠償を命じる判決を下しました。

ポイント

骨子

  • 本件商標と被告使用標章の各標章はいずれも外観において異なるものの、被告使用標章は「サクラホテル」を漢字やローマ字などで表記したものの組合せであるか、それらに加えて桜の花びらのマークなどを組み合わせたものにすぎないから、その取引の実情に照らし、日本人を始めとする需要者にとって、両者の外観の差異は大きいものとはいえないというべきであり、両者が称呼及び観念において同一ないし極めて類似していることに照らせば、本件商標と被告使用標章は類似しているというべきである。
  • 被告は被告標章2を宿泊施設の提供という役務に使用しているところ、当該役務の性質上、取引の実情に照らし、「Hotel」の部分は自他識別力が弱く、「Hotel」を除いた部分のみを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど「Sakura」、「Sky」と「Hotel」とが不可分的に結合しているとはいえないから、全体としての称呼及び観念のほかに、「サクラスカイ」の称呼及び桜の花と空という観念も生ずるというべきである。
  • 被告使用標章の使用により被告の得た利益は、被告が被告使用標章を使用していた平成29年5 月15日の営業開始から平成30年3月5日までの被告宿泊施設の売上げから、いわゆる変動費を控除した限界利益がこれに当たると解すべきである。
  • 本件商標の顧客吸引力は強いものであるとはいえず、これに類似する被告使用標章が、被告の売上げに寄与した程度は極めて限定的であるというほかない。そして、(中略)原告宿泊施設と被告宿泊施設において提供するサービスに相応の価格差があることも併せ考慮すれば、被告の限界利益額の相当大きな部分について、損害の推定が覆滅されるというほかなく、その覆滅割合は、上記のほか、本件に顕れた諸般の事情に照らし、9割と認めるのが相当である。

判決概要(審決概要など)

裁判所 東京地方裁判所民事第47部
判決言渡日 令和2年2月20日
事件番号 平成30年(ワ)第15781号 商標権侵害行為差止等請求事件
原告商標 登録番号 第3103765号
裁判官 裁判長裁判官 田 中 孝 一
裁判官    奥   俊 彦
裁判官    本 井 修 平

解説

商標の類否

商標の実務においては、2つの商標が類似しているかどうか(類否)がしばしば問題になります。

類否が問題となる局面としては2つあります。1つは、登録出願をした商標が、過去に登録されている商標と類似していないか、という登録の可否に関する場面で、他の1つは、ある商標の使用が、他人の登録商標と類似していないか、という商標権の侵害に関する場面です。

商標の類否判断の基準

商標の類否については、商標の見た目(外観)・読み方(称呼)・一般的な印象(観念)の類似性の検討に加えて、取引の実情をも考慮して、綜合的に出所混同のおそれが存するか否かを、取引者や一般の需要者が通常払うであろう注意の程度を基準として判断されます。

商標の類否判断の基準について、過去の最高裁判例においては、以下のような判断基準が示されています。

最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決(氷山印事件)
商標の類否は、対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべく、しかもその商品の取引の実情を明らかにしうるかぎり、その具体的な取引状況に基づいて判断するのを相当とする。

この判決は、商標の登録の可否を巡る事件に関するものですが、侵害事件においても同じ考え方が用いられています。

商標権侵害の差止め請求権(商標法36条)

商標権は設定登録により発生するものであり(商標法18条1項)、商標登録をして初めて商標権を行使することが可能となります。

商標権者は、商標権の行使として、自己の商標権を侵害する者に対して、以下の通り、侵害行為の停止を請求することができます(同36条1項)。

商標法第36条(差止請求権)
1 商標権者又は専用使用権者は、自己の商標権又は専用使用権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2 商標権者又は専用使用権者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の予防に必要な行為を請求することができる。

登録商標に類似する商標の使用は、指定商品・指定役務と類似する商品・役務についてなされた場合、商標権を侵害するものと見做されるため(商標法37条1号)、商標権侵害を理由とする紛争においては商標の類否が争点となることが少なくありません。

本件では、原告より後述の被告標章の使用差止めの請求がなされました。

損害額の推定(商標法38条)

商標権を侵害された場合には損害賠償請求をすることができますが、損害額の証明は容易ではありません。

そこで、商標法では、以下の通り、損害額の推定規定を設けています(商標法第38条)。

商標法第38条(損害の額の推定等)
1 商標権者又は専用使用権者が故意又は過失により自己の商標権又は専用使用権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した商品を譲渡したときは、その譲渡した商品の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、商標権者又は専用使用権者がその侵害の行為がなければ販売することができた商品の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、商標権者又は専用使用権者の使用の能力に応じた額を超えない限度において、商標権者又は専用使用権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を商標権者又は専用使用権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。
2 商標権者又は専用使用権者が故意又は過失により自己の商標権又は専用使用権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、商標権者又は専用使用権者が受けた損害の額と推定する。
3 商標権者又は専用使用権者は、故意又は過失により自己の商標権又は専用使用権を侵害した者に対し、その登録商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。
4 商標権者又は専用使用権者が故意又は過失により自己の商標権又は専用使用権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その侵害が指定商品又は指定役務についての登録商標(書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標、平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて同一の称呼及び観念を生ずる商標、外観において同視される図形からなる商標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標を含む。第五十条において同じ。)の使用によるものであるときは、その商標権の取得及び維持に通常要する費用に相当する額を、商標権者又は専用使用権者が受けた損害の額とすることができる。
5 前二項の規定は、これらの規定に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない。この場合において、商標権又は専用使用権を侵害した者に故意又は重大な過失がなかつたときは、裁判所は、損害の賠償の額を定めるについて、これを参酌することができる。

なお、損害賠償請求の前提として必要な侵害者の故意・過失については、侵害行為について過失があったものと推定する規定が設けられています(商標法第39条、特許法第103条)。

本件では、原告より商標法38条2項に基づいて損害賠償請求がなされました。

商標登録の無効審判事由(商標法46条1項)

商標登録出願がなされた場合、特許庁において登録要件の審査がなされたうえで、商標法3条1項各号や同4条1項各号に該当する場合等、拒絶理由が認められなければ、原則として登録されることになります。

もっとも、審査に過誤があった場合など、本来であれば登録要件を満たさない商標が登録されてしまうこともあり得ます。

そこで、瑕疵のある商標登録について利害関係を有する者は、法律に定める無効理由があるとして、特許庁に対して、その登録を無効にする審判を求めることができます。

商標登録の無効審判事由は、以下の通り、定められています(商標表46条)。

商標法第46条(商標登録の無効の審判)
1 商標登録が次の各号のいずれかに該当するときは、その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができる。この場合において、商標登録に係る指定商品又は指定役務が二以上のものについては、指定商品又は指定役務ごとに請求することができる。
一 その商標登録が第三条、第四条第一項、第七条の二第一項、第八条第一項、第二項若しくは第五項、第五十一条第二項(第五十二条の二第二項において準用する場合を含む。)、第五十三条第二項又は第七十七条第三項において準用する特許法第二十五条の規定に違反してされたとき。
二 その商標登録が条約に違反してされたとき。
三 その商標登録が第五条第五項に規定する要件を満たしていない商標登録出願に対してされたとき。
(以下、省略)

商標法46条1項1号該当による商標登録無効審決が確定した場合、以下の通り、当該商標権は初めから存在しなかったものと見做されます(商標法46条の2・1項)。

商標法第46条の2
1 商標登録を無効にすべき旨の審決が確定したときは、商標権は、初めから存在しなかつたものとみなす。ただし、商標登録が前条第一項第五号から第七号までに該当する場合において、その商標登録を無効にすべき旨の審決が確定したときは、商標権は、その商標登録が同項第五号から第七号までに該当するに至つた時から存在しなかつたものとみなす。
(以下、省略)

本件では、原告からの商標権侵害の主張に対して、被告より原告商標が商標登録の無効審判により無効にされるべきであるとの主張がなされました。

商標登録の要件(商標法3条1項)

商標法3条1項は、以下の通り、商標登録の要件を定めています。

商標法第3条(商標登録の要件)
1 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
一 その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
二 その商品又は役務について慣用されている商標
三 その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
四 ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
五 極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標
六 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標

商標法3条1項各号に該当する商標については、原則として、商標登録を受けることができません。

仮に、商標登録されたとしても、商標法3条1項各号に該当する場合には、登録異議の申立て(商標法43条の2・1号)や商標登録無効審判請求(同46条1項1号)の対象となります。

商品の産地、販売地、品質その他の特徴等の表示(商標法3条1項3号)

商品の産地・販売地・品質・原材料等を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標については、原則として、商標登録を受けることができません(商標法3条1項3号)。

商標が国内外の地理的名称からなる場合、取引者又は需要者が、その地理的名称の表示する土地において、指定商品が生産され若しくは販売され又は指定役務が提供されているであろうと一般に認識するときには、商品の「産地」若しくは「販売地」又は役務の「提供の場所」に該当するものと判断されます(商標審査基準)。

また、商品・役務の取引の実情を考慮し、その標章の表示の書体や全体の構成等が、取引者において一般的に使用する範囲にとどまらない特殊なものである場合には、同号の「普通に用いられる方法で表示する」には該当しないものと判断されます(商標審査基準)。

本件では、被告より原告商標が商標法3条1項3号に該当し無効であるとの主張がなされました。

識別力のないもの(商標法3条1項6号)

商標法3条1項1号から5号に該当しないものであっても、一般に使用され得る標章であって、識別力がないものについては、商標登録を受けることができません(商標法3条1項6号)。

商標が指定役務において店名として多数使用されていることが明らかな場合(「スナック」、「喫茶」等の業種を表す文字を付加結合したもの又は当該店名から業種をあらわす文字を除いたものを含む)には、本号に該当するものと判断されます(商標審査基準)。

本件では、被告より原告商標が商標法3条1項6号に該当し無効であるとの主張がなされました。

商標権の効力が及ばない範囲(商標法26条1項)

自己の氏名、指定商品の産地、指定役務の提供場所等を普通に用いられる方法で表示する商標等に対しては、以下の通り、商標権の効力は及びません(商標法26条1項)。

商標法第26条(商標権の効力が及ばない範囲)
商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。
一 自己の肖像又は自己の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を普通に用いられる方法で表示する商標
二 当該指定商品若しくはこれに類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定商品に類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
三 当該指定役務若しくはこれに類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定役務に類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
四 当該指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について慣用されている商標
五 商品等が当然に備える特徴のうち政令で定めるもののみからなる商標
六 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標
(以下、省略)

本件では、被告より被告標章1が商標法26条1項3号に該当し原告商標権の効力が及ばないとの主張がなされました。

混同惹起行為(不正競争防止法2条1項1号)

他人の周知な商品等表示と同一又は類似の商品等表示を使用すること等によって、自己の商品・営業を他人の商品・営業と混同させる行為(混同惹起行為)は、以下の通り、不正競争防止法上の「不正競争」に該当します(不正競争防止法2条1項1号)。

不正競争防止法2条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
二 自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為
三 他人の商品の形態(当該商品の機能を確保するために不可欠な形態を除く。)を模倣した商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、又は輸入する行為
(以下、省略)

不正競争に対しては、以下の通り、差止請求(不正競争防止法3条)や損害賠償請求(同4条)を行うことができます。

不正競争防止法第3条(差止請求)
1 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(侵害の行為により生じた物を含む。第五条第一項において同じ。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる。

不正競争防止法第4条(損害賠償)
故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、第十五条の規定により同条に規定する権利が消滅した後にその営業秘密又は限定提供データを使用する行為によって生じた損害については、この限りでない。

本件では、原告より被告標章2の使用が不正競争防止法2条1項1号の不正競争に該当するものとして、被告標章の使用差止めが請求されました。

事案の概要

原告商標、被告標章は以下の通りです。

<原告商標>
登録番号 第3103765号
商標
  
役務区分並びに指定役務  第42類 宿泊施設の提供

<被告標章1> *一部抜粋
 

Sakurahotels
SAKURAHOTEL(桜ホテル)
Sakura Hotel
Sakura Hotel Tokyo

<被告標章2>
Sakura Sky Hotel

本件は、原告より被告のホテル営業について、①被告標章1の使用が原告の商標権を侵害すると主張して、商標法36条1項に基づき、被告標章1の使用差止めを求め、②被告標章2の使用が不正競争防止法2条1項1号の不正競争に当たると主張して、不正競争防止法3条1項に基づき、被告標章2の使用の差止めを求めるとともに、民法709条及び商標法38条2項に基づき、不法行為による損害賠償請求等の支払を求めた事案です。

判旨

原告商標と被告標章1・2の類否

類否判断の基礎となる「需要者」について、原告からは都内近郊の宿泊施設を利用しようとする外国人観光客であるとの主張がなされましたが、裁判所は、以下の通り、およそ宿泊施設を利用しようとする者であると判断しました。

原告は、外国人をターゲットとしてホテル事業を展開していることから、本件商標と被告の標章の類否を判断するに当たり、需要者は都内近郊の宿泊施設を利用しようとする外国人観光客であると主張する。
しかし、(中略)平成29年の原告宿泊施設の宿泊客の国籍をみると、日本が最も多かったものであり、その他本件全証拠に照らしても、原告宿泊施設が外国人観光客のみを対象としているものとは認められず、本件の需要者は、外国人観光客に限定されるものではなく、およそ宿泊施設を利用しようとする者であるというべきである。

そして、被告標章1について、「サクラホテル」との称呼、及び桜の花をそのイメージとする宿泊施設という観念が生ずるものと認定したうえで、以下の通り、原告商標と対比し、類似するものと判断しました。

本件商標は、カタカナの「サクラホテル」との外観を有し、「サクラホテル」との称呼、及び桜の花をそのイメージとする宿泊施設という観念が生ずるところ、被告使用標章の各標章から生ずる称呼及び観念は上記アで説示したとおりであるから、本件商標と被告使用標章の各標章は、称呼及び観念が同一ないし極めて類似しているといえる。
一方で、本件商標と被告使用標章の各標章はいずれも外観において異なるものの、被告使用標章は「サクラホテル」を漢字やローマ字などで表記したものの組合せであるか、それらに加えて桜の花びらのマークなどを組み合わせたものにすぎないから、その取引の実情に照らし、日本人を始めとする需要者にとって、両者の外観の差異は大きいものとはいえないというべきであり、両者が称呼及び観念において同一ないし極めて類似していることに照らせば、本件商標と被告使用標章は類似しているというべきである。

このように、裁判所は、原告商標と被告標章1は類似するものと判断しました。

他方、被告標章2については、以下の通り述べ、原告商標との類似性を否定しました。

被告標章2は、「Sakura」、「Sky」、「Hotel」の単語を並べた外観を有し、全体として、「サクラスカイホテル」との称呼、及び、桜の花と空をそのイメージとする宿泊施設との観念を生ずる。
また、被告は被告標章2を宿泊施設の提供という役務に使用しているところ、当該役務の性質上、取引の実情に照らし、「Hotel」の部分は自他識別力が弱く、「Hotel」を除いた部分のみを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど「Sakura」、「Sky」と「Hotel」とが不可分的に結合しているとはいえないから、全体としての称呼及び観念のほかに、「サクラスカイ」の称呼及び桜の花と空という観念も生ずるというべきである。

仮に、原告表示のうち「Sakura」の部分のみから、「サクラ」という称呼及び桜の花の観念が生ずるとしても、上記説示のとおり、被告標章2は、「Sakura」の部分のみからの称呼、観念は生じないものであって、原告表示の称呼は「サクラ」又は「サクラホテル」であるのに対し、被告標章2の称呼は「サクラスカイ」又は「サクラスカイホテル」であるから、原告表示と被告標章2は称呼において相違するというべきである。
また、両者の観念についてみても、原告表示からは、桜の花、又は桜の花をそのイメージとする宿泊施設という観念が生ずるのに対し、被告標章2からは、桜の花と空、又は桜の花と空をそのイメージとする宿泊施設という観念が生ずるから、両者は観念においても相違するというべきである。
これに、原告表示と被告標章2の外観から両者の同一性が基礎付けられるともいえないことを併せれば、その取引の実情に照らし、原告表示と被告標章2は、類似していないというほかない。

原告商標は無効か(商標法3条1項3号・6号該当性)

被告は原告商標が商標法3条1項3号及び6号に該当し無効審判により無効にされるべきものと主張しましたが、裁判所は、以下の通り述べ、いずれも否定しました。

<商標法3条1項3号該当性>
被告は、本件商標に含まれる「サクラ」は日本の国花であり、一般的に日本を想起させるものであるから、本件商標は、原告が日本において宿泊施設の提供という役務提供を行っている旨認識させるものであり、記述的商標に該当すると主張する。
しかし、桜が日本の国花であり、需要者に対し、日本を想起させることがあるとしても、客観的、具体的な見地から、本件商標が記述的商標といえる程度にまで、「サクラホテル」が日本において宿泊施設の提供という役務提供を行っていると認識させるものであると認めるに足りる的確な証拠はない。

<商標法3条1項6号該当性>
被告は、「さくら」、「桜」などの名称を使用したホテルは多数存在し、本件商標登録の査定時にも多数存在したはずであるから、本件商標には識別力がないと主張する。
しかし、本件において、本件商標登録の査定時に、「さくら」や「桜」の名称を使用したホテルがどの程度存在したか、それが具体的にどのような名称であったかは明らかになっているとはいえず、その他、本件商標に識別力がないことを裏付けるに足りる的確な証拠はない。

このように、裁判所は、原告商標について、商標法3条1項3号・6号該当性を否定し、無効審判により無効にされるべきものではないと判断しました。

原告商標権の効力が被告標章1に及ぶか(商標法26条1項3号該当性)

被告は、被告標章1について、日本において宿泊施設の提供を行っているであろうと一般的に認識するだけであるから、指定役務の提供場所を普通に用いられる方法で表示したにすぎないとして、商標法26条1項3号に該当すると主張しましたが、裁判所は、以下の通り述べ、同号該当性を否定しました。

被告標章1が需要者に対しそのような認識をさせるものであると認められないことは、上記4(1)(*商標法3条1項3号該当性判断の際の認定)に説示したところと同様である。
そうすると、被告標章1が指定役務の提供場所を普通に用いられる方法で表示したにすぎないものであるとはいえず、商標法26条1項3号に該当しない。

原告表示の周知性(不正競争防止法2条1項1号該当性)

原告はインターネット検索における検索数を理由として原告表示が周知である旨主張したが、裁判所は、以下の通り述べ、原告表示の周知性を否定しました。

「Sakura Hotel」はいずれも普通名詞である「Sakura」、「Hotel」を単純に並べたものにすぎず、インターネット上の検索においては、複数の独立した単語を並べて検索することが通常であるから、「Sakura Hotel」が検索されているからといって、これが直ちに原告宿泊施設のことを検索したものであるとは認められない。そして、弁論の全趣旨によれば、「Sakura Hotel」を検索すると、「Sakura Sky Hotel」も表示されることがうかがわれ、また、「Sakura Hotel」を検索した場合であっても、原告宿泊施設のみが検索結果に表れるものとも認められない。
また、「ikebukuro」、「hatagaya」、「jimbocho」はいずれも原告宿泊施設が存在する地名であるから、「Sakura Hotel」とこれらの地名が組み合わされて検索されている場合に、原告宿泊施設の検索を目的としたものも含まれているといえるとしても、普通名詞と地名との組合せという性質上、その検索の全てが原告宿泊施設に係るものであるとまではいえない。
さらに、原告は、「Google Adwords」に年間数千万円をかけて宣伝広告を行ってきたことなども主張するが、宣伝広告に費用をかけたことから直ちに周知性が獲得できるものではなく、本件において、宣伝広告の結果として原告表示が周知性を獲得したことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、原告の主張する上記検索数をもって、原告表示の周知性を基礎付けるには足りないというほかない。

このように、裁判所は原告表示の周知性を否定し、原告の不正競争防止法に基づく請求には理由がないと判断しました。

原告の損害(商標法38条2項適用の可否)

被告は、原告宿泊施設と被告宿泊施設は競合関係にない、第三者の競業が存在する、被告の営業努力が著しい等として、原告に損害が発生しておらず、商標法38条2項の適用がないと主張しましたが、裁判所は、以下の通り述べ、原告の損害発生、並びに、同条項の適用を肯定しました。

被告は、本件商標に類似する被告使用標章を、本件商標の指定役務である宿泊施設の提供に使用しているところ、原告宿泊施設と被告宿泊施設はいずれも東京23区内に存在しており、提供するサービスの価格に差はあるものの、需要者が全く異なるとまではいえないから、被告による被告使用標章の使用により原告に損害が発生していないと認めることはできない。
また、被告は、「第三者」の競業や被告の著しい営業努力、ホームページの記載なども主張するが、これらに関し、上記認定を左右するに足りるような具体的事情を客観的に認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、被告の上記主張は採用することはできず、商標法38条2項の適用があるというべきである。

そして、宿泊施設運営業である被告の利益について、以下の通り、被告宿泊施設の売上から変動費を控除した限界利益が該当するものと判断しました。

被告使用標章の使用により被告の得た利益は、被告が被告使用標章を使用していた平成29年5 月15日の営業開始から平成30年3月5日までの被告宿泊施設の売上げから、いわゆる変動費を控除した限界利益がこれに当たると解すべきである。
そして、宿泊業という被告の業種に鑑みれば、水道光熱費及び消耗品費が変動費に当たることが認められるところ、本件全証拠を精査しても、その他控除すべき費用は認められない。

そのうえで、以下の通り、商標の構成や他の宿泊施設名との比較から、原告商標には強い自他識別力は認められず、被告標章が被告売上げに寄与した程度は極めて限定的であるとして、併せて原告宿泊施設と被告宿泊施設の価格差を考慮し、被告の限界利益のうち9割相当が損害の推定より覆滅されると判断しました。

本件商標である「サクラホテル」は、普通名詞である2つの単語を単純に組み合わせたものであり、そのうちの1つは提供する役務の内容である「ホテル」であること、証拠(乙17)によれば、日本において「桜」、「さくら」、「Sakura」又は「サクラ」を名称に使用した宿泊施設は多数存在することが認められ、宿泊施設の名称に桜という単語を使用すること自体、強い自他識別力を付与するものとは言い難い。
これらによれば、本件商標の顧客吸引力は強いものであるとはいえず、これに類似する被告使用標章が、被告の売上げに寄与した程度は極めて限定的であるというほかない。
そして、前記1(6)及び(7)で認定したとおり、原告宿泊施設と被告宿泊施設において提供するサービスに相応の価格差があることも併せ考慮すれば、被告の限界利益額の相当大きな部分について、損害の推定が覆滅されるというほかなく、その覆滅割合は、上記のほか、本件に顕れた諸般の事情に照らし、9割と認めるのが相当である。

このように、裁判所は、被告の限界利益の1割相当を商標法38条2項により推定される原告の損害であると認定しました。

なお、裁判所は、上記損害額の1割程度を弁護士費用相当額として原告の損害と認めました。

結論

このように、裁判所は、原告商標と被告標章1・2は類似するものと認め、以下の通り、被告に対し使用の差止め、損害賠償等を命じる判決をしました。

被告による上記使用行為は本件商標権を侵害するものであり、従前の使用態様や経緯その他諸般の事情に鑑み、差止めの必要性も肯定されるから、原告の請求のうち、本件商標権に基づき被告使用標章の使用の差止めを求める部分、及び本件商標権侵害の不法行為に基づく損害賠償として、337万2400円求びこれに対する被告が被告使用標章を使用していた期間の後(不法行為後)の日である平成30年5月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める部分には理由があるが、その余の原告の請求については、いずれも理由がない。

以上のとおり、原告の請求は、被告使用標章の使用の差止め、並びに損害賠償金337万2400円及びこれに対する平成30年5月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これらを認容し、その余の請求については理由がないからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

コメント

本件は、商標権侵害を理由とした差止・損害賠償請求に関する事案ですが、無効審判事由や商標権の効力が及ぶか等の被告側の反論と裁判所の認定、推定規定に基づく損害算定と推定覆滅など実務上参考になるものとして紹介します。

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(文責・平野)


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