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長唄囃子の流派名として周知な他人の営業表示と同一であるとして、名称使用の差止めを命じた望月流知財高裁判決について

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知的財産高等裁判所第2部(森義之裁判長)は、令和3年1月26日、控訴人らが長唄囃子における活動を行う際に「望月」姓を冠した活動を行うことは不正競争行為に当たり、かつ、それによって、被控訴人の営業上の利益が侵害されるおそれがあるから、被控訴人は、控訴人らに対して不正競争防止法3条1項に基づき差止請求をすることができる、との判断を示しました。

ポイント

骨子

  • (「営業」該当性:肯定)太左衛門が行う事業活動は、長唄囃子の演奏や指導等の文化芸術活動としての性格を有するものではあるが、他方において、これらの活動から出演料、名取料等の一定の対価を収受するなどしていることからすれば、経済上の収支計算の上に立って経済秩序の一環として行われる事業活動としての性格をも有するものといえる。
  • (周知性:肯定)「望月」の表示は、「望月」の姓を芸名に用いる者からなる演奏家の集団である「望月流」を統制する立場にある「家元」としての被控訴人の営業表示として周知になっていたものと認められる。
  • (営業等表示の同一性:肯定)伝統芸能の分野では、各流派に属する者が、家元の姓を付した芸名を用いて活動するということが、本件需要者には広く知られていたと認められるから、控訴人らが用いている芸名のうち、「望月」姓の部分は、控訴人らの営業の出所を表示するものとして、要部を構成するものであるというべきである。
  • (混同を生じさせるおそれ:肯定)被控訴人から名取名の認許を受けるなどしていない控訴人らが自身の営業表示として「望月」の姓を含む芸名を用いて長唄囃子に関する活動をした場合、本件需要者に対し、控訴人らが、被控訴人がその家元として活動をしている「望月流」に属する者であるとの混同を生じさせるおそれがあるといえる。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 令和3年1月26日
事件番号・事件名 令和2年(ネ)第10030号 名称使用差止請求控訴事件
原判決 東京地方裁判所 平成30年(ワ)第27155号
裁判官 裁判長裁判官 森   義 之
裁判官    眞 鍋 美穂子
裁判官    熊 谷 大 輔

解説

不正競争とは(不正競争防止法2条1項各号)

不正競争防止法は「事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講じ、もって国民経済の健全な発展に寄与すること」を目的としています(法1条)。

損害賠償請求を基本とする民法上の不法行為に対する救済とは異なり、不正競争防止法においては、不法行為を類型化したうえで、損害賠償請求(法4条)のほか、差止請求(法3条)や信頼回復措置請求(法14条)が認められており、民法(不法行為法)の特別法と言えます。

不正競争行為に対する救済(不正競争防止法3条、4条、14条)

不正競争によって営業上の利益が侵害され、または侵害されるおそれがある者は、以下のように、侵害行為の差止請求(法3条)、損害賠償請求(法4条)、信頼回復措置の請求(法14条)が可能です。

不正競争防止法3条(差止請求権)

1 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

2 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(侵害の行為により生じた物を含む。第五条第一項において同じ。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる。

不正競争防止法4条(損害賠償)

故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、第十五条の規定により同条に規定する権利が消滅した後にその営業秘密又は限定提供データを使用する行為によって生じた損害については、この限りでない。

不正競争防止法14条(信頼回復の措置)
故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の信用を害した者に対しては、裁判所は、その営業上の信用を害された者の請求により、損害の賠償に代え、又は損害の賠償とともに、その者の営業上の信用を回復するのに必要な措置を命ずることができる。

本件訴訟では、芸名「望月」の使用に対する差止請求の可否が争点となりました。

周知表示に対する混同惹起行為とは(不正競争防止法2条1項1号)

他人の商品等表示として周知されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用等し、他人の商品・営業と混同を生じさせる行為(周知表示に対する混同惹起行為)は、以下の通り、「不正競争」に該当します(法2条1項1号)。

不正競争防止法2条(定義)
条1項 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

すなわち、商品等表示であること、周知であること、同一若しくは類似であること、混同を生じさせることが「不正競争」該当の要件となります。

以下、周知表示に対する混同惹起行為の各要件について解説します。

「営業」とは

商品等表示に含まれる「営業」について、天理教事件最高裁判決(平成18年1月20日最高裁第二小法廷判決)では「社会通念上営利事業といえないものであるからといって、当然に同法の適用を免れるものではないが、他方、そもそも取引社会における事業活動と評価することができないようなものについてまで、同法による規律が及ぶものではない」としたうえで、「取引社会における競争関係を前提とするものとして解釈されるべきであ」る、との見解が示されました。

伝統芸能の流派名に関して、不正競争防止法が適用されたケースとしては、若柳流事件判決(平成元年4月12日大阪地裁判決)や音羽流事件判決(平成9年3月25日大阪高裁判決)などがあります。

「周知性」とは

地理的範囲

「需要者の間に広く認識されている」とは、必ずしも日本全国で広く認識されることを要件とするものではなく、一部地域で広く認識されていれば足りるとされています。

一部地域でのみ周知性が認められる商品等表示については、差止請求が認められる範囲も当該地域に限定されると考えられます。

なお、周知性は日本国内において必要とされ、どれほど日本国外で周知であっても、日本国内で周知されていなければ、周知性は認められません。

人的範囲

周知性認定の対象となる「需要者」には、取引者・消費者のいずれもが含まれ、卸売業者・小売業者・一般消費者など商品等の流通過程に照らして、需要者の人的範囲が判断されます。

また、取引者・需要者のすべてが認識している必要はなく、顧客層が限定された商品等については、当該限定された顧客層・需要者に認識されていれば足りるとされています。

例えば、ジェットスリムクリニック事件判決(平成3年7月4日東京高判判決)では、痩身美容サロンの名称に関して、需要者の範囲を「痩身美容に関心をよせる女性」としたうえで、周知性が肯定されました。

「同一若しくは類似」とは

他人の商品等表示と類似するか否かの判断基準について、アメリカンフットボール事件最高裁判決(昭和59年5月29日最高裁第三小法廷判決)では「取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両表示を全体的に類似のものと受け取るおそれがあるか否かを基準として判断すべきである」との見解が示されました。

営業表示についても、マンパワー事件最高裁判決(昭和58年10月7日最高裁第二小法廷判決)において、同様の基準が当てはまる、との見解が示されました。

「混同」とは

「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」の「混同」とは、商品表示・営業表示そのものの混同(例えば、A商品表示をB商品表示であると間違うこと)ではなく、商品・営業の出所の混同(例えば、A商品の販売主体がB商品をも販売していると間違うこと)を意味します。

また、「混同を生じさせる行為」は、自己と他人とを同一の商品主体または営業主体と誤信させる行為(狭義の混同)に限るものではなく、自己と他人との間に何らかの関係が存するものと誤信させる行為(広義の混同)も含みます。

アメリカンフットボール事件最高裁判決(昭和59年5月29日最高裁第三小法廷判決)では「周知の他人の商品表示又は営業表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一の商品主体又は営業主体と誤信させる行為のみならず、自己と右他人との間に同一の商品化事業を営むグループに属する関係が存するものと誤信させる行為をも包含し、混同を生ぜしめる行為というためには両者間に競争関係があることを要しないと解するのが相当である」との見解が示されました。

そのため、自己と他人について、親子会社・系列会社などの緊密な営業上の関係、同一の商品化事業を営むグループ会社関係が存すると誤信させることも、「混同を生じさせる行為」に含まれます。

なお、混同のおそれと営業上の利益侵害との関係について、マックバーガー事件最高裁判決(昭和56年10月13日最高裁第三小法廷判決)では「商品の混同の事実が認められる場合には特段の事情がない限り営業上の利益を害されるおそれがあるものというべきであ」るとの判断が示されました。

事案の概要

本件は、長唄囃子の普及等の事業活動を行う被控訴人が、「望月」の名称は望月流宗家家元であり「十二代目望月太左衛門」の芸名を有する被控訴人の営業表示として周知であり、控訴人らにおいて長唄囃子の事業活動に被控訴人の上記営業表示と同一の「望月」の名称を使用する行為は他人の周知な営業表示と同一の営業表示を使用するものとして不正競争防止法2条1項1号の不正競争に該当する旨主張して、控訴人らに対し、同法3条1項に基づき、長唄囃子における芸名として「望月」なる名称を称し、同名称を表札、看板、印刷物に表示するなどして使用することの差止めを求めた事案の控訴審です。
原審は、「望月」が、控訴人らにとって他人である被控訴人の周知な営業表示に該当するなどとして、被控訴人の請求を全部認容したため、控訴人らが控訴を提起しました。

本件訴訟の主な争点は、以下の4点です。

(1)「望月」の表示が控訴人らにとって他人の周知な営業表示に該当するか否か

(2) 控訴人X6が「望月」の表示と同一の営業表示を使用しているといえるか否か

(3) 混同のおそれがあるか否か

(4) 営業上の利益侵害の有無

判旨

争点(1)「望月」の表示が控訴人らにとって他人の周知な営業表示に該当するか否か

争点(1)について、裁判所は、先ず、以下の原判決(原判決の原告=本件訴訟の被控訴人)を引用し、被控訴人らの事業活動が法2条1項1号の「営業」に該当するとの判断を示しました。

原告を含む太左衛門が行う事業活動は、長唄囃子の演奏や指導等の文化芸術活動としての性格を有するものではあるが、他方において、これらの活動から出演料、名取料等の一定の対価を収受するなどしていることからすれば、経済上の収支計算の上に立って経済秩序の一環として行われる事業活動としての性格をも有するものといえる。

したがって、原告を含む太左衛門が行う事業活動は、法2条1項1号の「営業」に該当すると認められる。

文化芸術活動としての性格を認めつつも、出演料や名取料等一定の対価を収受することなどから、経済秩序の一環として行われる事業活動としての性格をも有するものと判断されました。

次いで、「望月」の表示が、被控訴人の営業表示として周知なものであって、控訴人らにとって他人の周知な営業表示に該当するか否かについて、裁判所は、以下の通り、「望月」の表示が、望月流の流派内のみならず、松竹会長をはじめとする第三者に対して、演奏家の集団である「望月流」を統制する立場にある「家元」としての被控訴人の営業表示として周知になっていたとの判断を示しました。

一般に伝統芸能の分野において、家元は、各流派の長であり、門弟に対し、その姓を冠した名取名を認許したり、免状を発行したりすることで、流派の運営を統制する地位にあり、家元に名取名の認許を受けた者は、望月流においてそうであるように、家元の姓を冠した芸名(名取名)を用いて活動するものであり、これらのことは、本件需要者には広く知られていたものと認められる。そして、上記アでみた事情からすると、十代目、十一代目及び十二代目の望月太左衛門は、望月流を代表する立場にある「家元」の地位にある者として、「家元」としての立場で名取名を認許したり、望月流の者が参加する演奏会を主催したりして活動しており、望月流の流派内のみならず、松竹会長をはじめとする第三者にも上記のような望月流を統制する立場にある「家元」として認知されてきたものといえる。

そうすると、遅くとも被控訴人が十二代目望月太左衛門を襲名した平成6年6月までには、「望月」の表示は、「望月」の姓を芸名に用いる者からなる演奏家の集団である「望月流」を統制する立場にある「家元」としての被控訴人の営業表示として周知になっていたものと認められる。

そのうえで、以下の通り、控訴人らにおいて「望月流」の一員として「望月」姓の使用を正当化する理由があると証拠上認められないことから、「望月」の表示について、控訴人らにとって他人の周知な営業表示に該当するとの判断を示しました。

控訴人らは、被控訴人から「望月」姓を冠した名取名の認許を受けておらず、その他、上記イでみたような「望月流」の一員として「望月」姓の使用を正当化する理由があるとも証拠上認められないから(四世左吉の名取名の認許権限等については、後述する。)、「望月」の表示は、控訴人らにとって他人の周知な営業表示に該当するというべきである。

なお、「被控訴人は現在、歌舞伎、芝居の仕事がなくなっているから『望月』が被控訴人のものと周知されている状態にない」(周知性の消滅)との主張が控訴人よりなされましたが、裁判所は、以下の通り述べ、採用しませんでした。

仮に、新型コロナウィルス感染症の影響などで、一時的に被控訴人が歌舞伎や芝居などへの出演ができないからといって、それだけで被控訴人の「望月」の周知性が消滅したとは認められず、上記⑥の主張は採用することができない。

争点(2) 控訴人X6が「望月」の表示と同一の営業表示を使用しているといえるか否か

争点(2)について、控訴人の一部は「個人の名称については、姓だけではなく、名と併せて区別されるべきであるところ、控訴人X6の芸名である『X6’』は、被控訴人の営業表示である「望月太左衛門」とは同一ではなく、類似でもない」として、「望月」との表示と同一の営業表示の使用を否定しましたが、裁判所は、以下の通り、「望月」姓の部分が控訴人らの営業出所表示の要部を構成するものとして、同一の営業表示を使用しているとの判断を示しました。

伝統芸能の分野では、各流派に属する者が、家元の姓を付した芸名を用いて活動するということが、本件需要者には広く知られていたと認められるから、控訴人らが用いている芸名のうち、「望月」姓の部分は、控訴人らの営業の出所を表示するものとして、要部を構成するものであるというべきである。そして、控訴人らの芸名の姓である「望月」と被控訴人の周知な営業表示である「望月」は同一である。

争点(3) 混同のおそれがあるか否か

争点(3)について、裁判所は、以下の通り、「『望月流』に属する者であるとの混同を生じさせるおそれがある」との判断を示しました。

本件では、被控訴人から名取名の認許を受けるなどしていない控訴人らが自身の営業表示として「望月」の姓を含む芸名を用いて長唄囃子に関する活動をした場合、本件需要者に対し、控訴人らが、被控訴人がその家元として活動をしている「望月流」に属する者であるとの混同を生じさせるおそれがあるといえる。

争点(4) 営業上の利益侵害の有無

争点(4) について、裁判所は、マックバーガー事件最高裁判決を踏襲し、以下の通り、混同のおそれがある場合には、特段の事情のない限り、営業上の利益侵害のおそれが肯定されるとの判断を示しました。

混同のおそれがあると、特段の事情のない限り、営業上の利益侵害のおそれは肯定されるものといえ(最高裁昭和54年(オ)第145号同56年10月13日第三小法廷判決・民集35巻7号1129頁参照)、本件においても、例えば、「望月流」の家元である被控訴人について、「望月流」のブランド価値の低減や対価取得の機会の喪失といった営業上の不利益を被るおそれがあるものと認められる。

差止の可否

裁判所は、差止の可否について、以下の通り、肯定するとともに、「望月」名の称することを差止めるにとどまらず、表札・看板・印刷物に表示等する行為についても差止めを認めました。

控訴人らが長唄囃子における活動を行う際に「望月」姓を冠した活動を行うことは不正競争行為に当たり、かつ、それによって、被控訴人の営業上の利益が侵害されるおそれがあるから、被控訴人は、控訴人らに対して法3条1項に基づき差止請求をすることができる。

そして、控訴人らが、「望月」姓を冠した芸名を用いて長唄囃子における活動を行っているほか、名取名認許の際には名取名を記載した表札が交付されること(甲13の3、乙5、6、乙10の2)、演奏会の際のプログラム等に芸名が記されるほか(甲7、甲8の1・2、甲9)、その際に看板が設置されこれに芸名が記される可能性もあることに鑑みると、被控訴人は、控訴人に対し、法3条1項に基づき、長唄囃子における芸名として「望月」なる名称を称することのほかに、同名称を表札、看板、印刷物に表示する等して使用する行為の差止めを求めることができるというべきである。

コメント

本件は、伝統芸能の流派名に関して不正競争防止法が適用されたケースであり、伝統芸能の営業該当性、流派名の周知性、流派名表示の同一性、混同を生じさせるおそれ、営業上の利益侵害のおそれ、差止の可否・範囲などの判断基準や事実認定の参考になるものとして紹介します。

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(文責・平野)


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